いふいふほぼほぼもしもし

低燃費オタクの脳内です

2007年からいままで

一番最初に横山くんを見たのはキンキが日テレのお昼に番組を持っていたころ。
ヨコヒナすばるの3人が関根さんと一緒になってキャッキャ楽しんでるところを見てとても楽しかったです。

いつしか横山くんという名前を覚えました。
500円だけのステーキ食べさせてください!と懇願したりとにかくめちゃくちゃ面白かった。
面白い大阪のお兄ちゃんでした。

横山くんはタッキーが女優さんと観覧車に乗っているところを一人でモニタリングしてコメントするのがまた面白くて、面白いところが好きだった。横山くん出てると面白そうと思ってテレビをつけていました。
1人で過ごすことが多かった幼少期、夜のゴールデンタイムに私を笑わせてくれていたのは横山くんだったと今になって思う。その節はありがとう。

だけど、横山くんの顔は得意じゃなかった。
なんだか怖いと思っていました。
その頃の私は物心ついた瞬間に長瀬智也という人類稀に見る男前に惚れ込んでいたので正直目移りする感覚もなかったです。

時はすぎて、(だいぶ過ぎる、)
私は大阪ロマネスク欲しさにFTOを買った。

大阪レイニーブルースが欲しかったけどお小遣いでシングルは買えなくて、貯めてアルバムを買った。姉の友人が私が関ジャニにハマっていると聞きつけてDVD2枚貸してくれたのもこのころ。

私はシンデレラになりたいを紹介する記事を観てから放送日までひたすら大倉くんを調べ上げていた。こんなにかっこいい人が!!!!!大阪にいたなんて!!!!!!!と、NEWS活休の穴を埋めるように関ジャニ∞にハマっていっました。
なお、この時もまだ横山くんにときめいてはいない。おお、元気してるか〜〜知ってる顔だ〜〜くらい。
関風のミサンガは緑買ったし、はじめて行ったエイトのライブ・関風魂は大倉くんに絶叫していました。(めちゃくちゃかっこよかった)

47には受験だからと我慢した私は、なぜか2007年9月に恋に落ちる。
イッツマイソウル

しかもPV見て。
千葉テレビで放送されたPVを録画して見て。
横山くんがめちゃくちゃかっこよくて。
はじめて「横山くんかっこいい」という気持ちが芽生える。
ちなみにここに来ると本来有閑倶楽部を見るのが真っ当なオタクですが、私は未だに15秒くらいしか見ていません。(メガネがあまり得意ではない)

有閑倶楽部を見なかったことが理由かは不明だが、まだまだ大倉くんが好きで、
けれども2007年の横山ソロコンに行った。中学の卒業式なんて正直気持ちが入ってなくて、「うわーよこやまくんのコンサートたのしみだなー」と思って全く泣かなかったです。
面白い横山くんのライブは楽しいに決まってる、と確信。

ソロコンの印象はとにかくお客さんを喜ばせようという気持ちが強く感じられたこと。
メンバーの曲歌いまくって、おもしろく笑かそうというメッセージがバシバシ伝わってきた。
当時中学生の私はめちゃくちゃ楽しかった。何も考えずに面白い部分をたくさん見ることが出来て、本当に楽しくて、さらに横山くんのことが気になる存在に。

とはいっても大倉くんは私の中でめちゃくちゃ強くて、必殺で勢いをつけていた彼は名作:ヤスコとケンジで伝説の椿純くんを演じてそのままソロコン2列目でだってアイドルだもんとか見ちゃうもんだから今で言う大倉くんしか勝たん、状態になる。2008年の夏コンも大倉くんの団扇買ってるし。椿純ってやつ。楽しかった。

ただ全ては突然にはじまる。
2008年の無責任ヒーロー直前。PVが公開された時点で「私は!横山担!」となぜか自覚。
前髪が短くて茶髪のあのスタイルがものすごくかっこよくて、好きが突き抜けました。

この頃レコメンで電話するやつに採用されて本名オカンと一緒〜とか話してJK2の私の心はぴえん超えてばあん超えてズドン。もう横山くんのことめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃ好きになってました

そこからはもう一本気で横山団扇貫いて(と言いたいところだけどパズルもバリバリ緑のワンピ着てた)、本当に本当に楽しいことばかりで
正直ラジオの件も本名の件もそうだけど
私はものすごーーーーーーく恵まれてる横山くんのファンでした。

何かと縁があるというか、自信を持って運がある方だと言えるファン生活を送ってきました。

横山くんの何がこんなに好きなんだろうとある時考えました。

別に物凄いファンサ貰えたわけでもない
顔もかっこいいけどそれだけじゃない。

ふと思い出したのは
私は2010年に見た横山くんのソロコンで
映し出される弟くんの姿を見る横顔。
優しくて、あったかい顔をしていて
私この人のこととても好きだなあと思ったこと。

私は横山くんのやさしいところが大好きでした。

夜のお仕事をする人にも大変な仕事やでーと言っていたり。最近のインタビューでもインタビュアーから平等に接する人と書かれてあったり。

どんな人にも優しく自分のことを差し置いて頑張れる姿が大好きでした

横山くんの幸せを願うあまり出雲大社で横山くんの幸せ願いました

彼女やそういう類の人がいて当たり前だと思っているので、これまでのなんやかんやもすべて肯定派でした

ただ、ある時未成年が飲みの場にいた、という話の頃から不安でした

そういう関連で大変な人を見ているのに
何も考えてないのかな?たまたまかな?って
もうこんなことありませんように。と願いました。オタクなので願うことしかできませんので。ひたすらpray!

そして、今回。

騙されたのかもしれません。
嘘かもしれません。

でもいつもならアハハと笑って過ごすところを過ごせないんです。

これは私の妄想でしかないのですが、
横山くんはいろいろな荷物を昔から背負いすぎてしまって
業界のそう言う部分にいつからか埋まっていって
女の子は大変だから、と支援したい気持ちがあるのはわかる。けど、やり方が間違っている。

もしかしたら、そんな事もしないでお話を聞いてお金を渡して、なんて謎のカウンセラー業的なものをしているのかもしれない。

ただ、私は個人的に女の子(ましてやとても若い子)をそういう風に支援する思考の人なんだと思えてしまいました。
そしてタイミング悪く、私はそういう問題に敏感になっていて。

私なんかが思うことなんて正直めちゃくちゃどうでもいいことだけど。
長く好きだったこの気持ちを残しておきたくてズラズラ書きました。

好きだった気持ちは間違いないし、今もいいところはいいところだと思っています。

横山くんのおかげで私は人に優しい人間でいたいと思えて高校時代は勉強苦手だったけどなんとかやって素晴らしい友人にも出会えて楽しい思いもたくさんしました。

本当に本当にありがとう!

その荷物、早く降ろして
誰かにバシッと叱ってもらえますように。


復職から今まで〜GEKIDOU〜

いやあ、激動だった。


コロナという名の在宅やら時間差出勤で世間に後押しされ復職、今も元気に仕事しています。


でも、落ち着くと次から次へと人は苦難に遭うものですね




1ヶ月ほど前、両親が離婚しました。


父親は、クソみたいな理由で別れを切り出し離婚にこじつけてきました。


そういう事情があって一人暮らしはじめました。


さらに、母親が金銭的な問題を抱えていました。


そして、母親はうつ症状になりました。



かろうじてわたしには頼れる姉がいます。

大好きな祖母がいます。

母をサポートする伯母や叔父がいます。



もともと、私は姉妹ともども、なんなら親戚一同父のクズさに呆れていました。

できることなら関わりたくないけどこれがわたしにとって、我が家の家族の形でした。


暴力はないけど、今で言うハラスメントが昔からの日常で

私も姉も、よくぞまあまともに育ったと自分たちでお互いをよく褒め合います。



高校生のとき、友人たちの優しいお父さんの話を聞いて号泣してしまったことがありました。

たぶん、周囲と比較することが初めてだったから我が家の異様さにはじめて気がついたのです。


私は最近になって思い出すことが多くて、

つらくて記憶に蓋をしていたんだとようやく気がつきました。


でもそりゃそうです。

ドラマを見ていてこういう家族素敵だなあと思っていても「これはドラマだからだよ」と言われたらそりゃそうだと思うわけです。

我が家の異様さに気がつくわけなんてないのです。


高校の時にようやく外の世界と接することが増えてきて、さまざまな友人ができて、携帯があって、、

高校時代がなければきっと私は私のことをもっと嫌いになっていると思います。そして、人間的にとてもつまらない人になっていただろうなぁと。


最近はほぼ毎日母から電話が来ます


もちろん応えます

もちろんアドバイスします

先日は急遽在宅にして行き場に苦しむ母を部屋に招きました

職場は協力的です

大丈夫かと聞かれます


大丈夫なわけありません


毎日泣く母にフラットに接して

お金のこと考えて

行政頼って

かかりつけ医頼って

親族頼って


でも大丈夫なわけありません

全然大丈夫なんかじゃないです


だけど大丈夫かと聞かれたら大丈夫ってなるんですなんでですかね


まだいけるっしょ、になるんですよ

不思議なことに



さらには最近15年推してる男に失望して

3次元の男が辛くなってきました。


だけどわたしは可愛くなること諦めないし、

輝きたいし、

笑って生きていたいです。



おかげさまで今日本一供給祭りの赤井秀一さんという羽根の休め処で癒されています


わたしがいろいろ騒いでもそっと優しく見守っていてくれる友人がいます。


どんなときもやっぱり頼りになる姉もいます。



うつを経験したわたしは物凄く強くなって、経験があって、相手の意思を汲み取ってしまう力が五百倍くらいになってることを自覚しました。

(そしてとても依存されやすいことも)

(母にも今依存されています、元々だけど)



復職してからようやくまともな上司に出会ったのですが、いつも注意されます

「自分を責めないで」

「上司を使いなさい」


適切な言葉をかけてもらうたびに私のこれまでの環境を不思議に思いました


過去のわたしに伝えたいことがあります。


なんでもかんでもあなたのせいじゃないよ。

あなたが辛いのはあなたの脳が疲れているから。疲れる理由は環境とあなたの女性としての身体のもろさ。

あなたの弱さをサポートしてくれる場所があるから、そこであなたは頑張りましょう。尽くせない人の場所で尽くす必要なんてないよ。


今の母にほぼ同じことを言いました。

自分で言っててブーメランだと笑っちゃいました。


これからも、私の経験はなるべくシェアするようにしています。

言いづらい人は言いやすくなることがあるから。


昨今の経験で、心理カウンセラーや病院に繋げる一歩前の存在でありたいと思うようになりました。


仕事ができるのは当たり前、自分の価値ってなんだろーって思った時、この人生経験しかなくね?と思いました。


もっと凄まじい経験をしている人もいるけど、自分の些細なことでも共有するとさまざまな多様性を出しやすくなる傾向にあるかな?って


敢えて言わないことももちろん尊重していくけど!


出世願望はないけど、なんか、そんなことを思いました。



とりあえずHuluは神アプリ。

映画たのしみー!


復職して思うこと

普通半年のところお金がなさすぎて3ヶ月で復職しました。

 

半年も生きていけるほどお金の貯えなんてないし、手当ても基本給が高くないからこんなもんだし。。。お金がないことでストレスがたまるし、お金は本当に世の中で生きるのに欠かせないものなんだと痛感。

 

そんな感じで1時間だけ時短にしてもらって働いてます。

「あんまり治っていない」状態で復職したので、確かに治ってない感じめちゃくちゃするし、このままだと永遠に治らないんだろうなあという感覚。きっと永遠に治りませんなあ、、、

 

なんでって思い出してしまうから。いろんなこと。

狭い会社なので、嫌でも顔を合わせたり、嫌でもどんな様子で仕事をしているかわかる。

 

私には、私なりの自負があった。

一生懸命仕事して、書類作ったり人育てたり。

自分のキャリアとして望むものを作っていた。

このままもっとスキルを上げて、もっと頑張りたいって思っていた。

 

でも、ボロ雑巾のように使われたと思っている。

助けてを願った時に誰も近くにいなかった。言葉ではヤルヤルというばかりで、

実際のところなんて誰も助けてなんてくれなかった。

 

そんな人たちに対して、私は強い苛立ちを覚えていることに気が付いてしまった。

率直にいうと、恨んでいる。

私をこんな風にしたくせに、のうのうと生きやがって。絶対に許さない、お前らには天誅が下る。そんな風に頭の中で言葉が繰り返していく。

 

嘘偽りない感情だけど、このままだと私は疲れてしまうし、こんな自分が心底嫌いになって、極端な話死んでしまうと思う。

死んでしまったらつまらなくてくだらないけれど、生きながらこの場に縛られているよりもずっとましだ、ときっと人生を諦めることを選ぶと思う。

 

この職場のままだったらの話である。

 

私はめちゃくちゃ生きたいし、遊びたい。死ぬ気なんてさらさらないので、

仕事を辞めることにした。

 

残念ながら、虐げられた私がここでごめんなさいと言われることも、数年間身を捧げて1億くらいの力にはなったであろうにも関わらず、マジで、何にも、ない。

お金をくれと言っているのではない。ただ、ごめんねと謝ることができない人間とも思えないヒトと思われる生物の集まりに「気持ち悪い」という感情しか出なくなった。

 

会社の上層部に対しても同じ気持ちがあって、私が健康になったから「あーよかった」じゃあねぇんだよお前らのせいだよバカふざけんな全員まとめて不幸に見舞われろという気持ちである。なにこれ呪いじゃん。まあ、自分に降りかかってくるというので願っているような、願っていないような、なところです。

 

とにかく、考えただけでこんなにも恨んだりムカついてしまう会社でこれ以上頑張れないと思いました。

 

今の部署の人と、もっと早く出会いたかった。

もっと早くここに来ていれば、ずっと健康なままもっと気楽に生きられたかな。

 

人生はこれから、まだ私の環境はここだけじゃない、未来は明るいって信じてる。

だけど、目先1ヶ月我慢したら退職金9万円もらえるのと、もう少し頑張ったらボーナスももらえるのが切ないな。そこまで、頑張った方がいいのか。それとも、転職した方が手取り早いのか。

 

もはや、辞めることでしかもう考えていない。

もっと早くやめたらもっと楽だったかもしれない。

 

気が付けない愚かなことも人生。

失って、気がつくことが人生。

失敗して、いつまでも立ち上がれないのが真の敗者。

立ち上がるしかないんだ、休んでもお金がなくなる、頭が死んでいく感覚。

私は生きている。だから、立ち上がるんだ。

うつ病で休職している話3

前回の続きです。

tanukorodesu.hatenablog.com

 

今回は休み始めてから現在の事を書いていきたいと思います。

 

先に現在の事を話すと、

現在超マイナスネガティブモードです。

こんな日は度々あって、まぁ仕方のない事なんだけれども。

もはや何が悪いかなんてわからないくらいマイナスモードの日はマイナスでネガティブで何もできなくなる(ブログは書ける)(ブログすごいはてなブログありがとう)

 

先にネガティブな時の話をすると、

休む前は

「長い休みができたら旅行いきたいな〜美味しいものもたくさん食べて、ジム行ってダイエット本格的に取り組んで、会えてない人に会いに行って、勉強もたくさんしたい!」なんて思っていました。が。

 

そうだ、私病気なんだったーーーーーー!

 

日々健康な時だから上記の様なことをホンワホンワを考えられる訳で、

実際うつ病での休職って

・お給料がめちゃくちゃ減るから「節約しなくちゃ」感で豪遊できない心になる

(豪遊すると躁鬱が悪化している様な感覚になりそうで怖くて買い物があんまりできない)

 

仕事による土日の潰れもなくなったので土日に友達と遊べるから一層お金がない!

そしてこれまでのお金の使い方が荒すぎてその余波がすごい!!!!最悪!!!!

それに、こういう時に奨学金への恐怖も感じました。

いうて私は月14000円くらいだけど、社会保険やらなんやかんやで飛ぶお金の方が多いし、この先手元に全然お金残らない!みなさん今すぐ保険入った方がいいです。

まじで。

 

早くボーナスと退職金と失業保険の給付金欲しい。かっさらいたい。

 

・病院続きでお金がなくなっていく

 

食費や光熱費は実家暮らしなので心配なく月に決まった金額を家に納めているのですが、一人暮らしだったらどうなっていたんだろうと身震いブルブル。怖い。

 

その他、具体的な心の状態とかは前に書いた記事の通りなのでこんな感じです。

tanukorodesu.hatenablog.com

 

休んでいる一方で、精神すり減らしている様な気もします。

安寧の場はどこにあるの・・・ないよ・・・

 

「早く働きたいかもしれないけど、ゆっくり休んで」ってよく言われるんだけどこれ働いた方が早く治るんじゃない?って思うような時はまだ休んでた方がいいんだろうなって思ってます。

 

きっときちんと休める人はこうならないと思うし、(私もだいぶ休んでたんだと思うんだけど)

心をもっと解放(怒ったりした方がいい)って言われてもできたらしてるし

そもそも怒ったりってあんまり好きじゃない

そんなに怒っていられないくせにイライラするからどうしたらいいかわからなくなって・・・(負のループ)

 

そんな時にクスリ!!!!!!!

やっぱりクスリはすごい。脳から沈める作用送られてる感じがする!

自分のイライラって脳のバグだったんだ性格的なものじゃなかったんだって本当に安心して泣けてくるし、(人が変わったようにキレてたので性格変わったかと思ってた、安心した)

 

熱とか咳みたいに発作のようにやってくるあいつをクスリが沈めてくれるので、

健康そのもの!な時もこれが当たり前ではないと思うし、

当たり前のように元気になることが嬉しいし、

当たり前がとても恋しく思う。

 

早くクスリもなく毎日出歩いても、仕事しても、やる気のない日も笑って過ごせる日々に戻りたい。

お金使いすぎちゃったなんて笑って、まあ明日から頑張ろうって思える日々に戻りたい。

 

よかったことは、今まで知らなかった自分に出会えたこと。

私がどれだけ根暗なのかようやく納得できたし、

お酒はそんなに飲まないけどお酒を飲みたいときに飲める生活って素晴らしいし、

周りに恵まれていると幸せを噛み締めていたけど、より一層幸せだと思うし、

何より今後うつの人と接することが先進国で生きる以上ありえると思うけど、

この年齢でこれだけ心に寄り添った一般社会人、なかなかAIには台頭されない貴重な人材だと思うんです(自分で言う)(めちゃくちゃ思う)

 

もちろん平日に健康な時は好きなように出歩いたり、一日大好きな映画みて過ごしたり、いい暮らしができる。どこも大体空いてるし!

 

だけどやっぱり早く完治して、健康に楽しく過ごしたい。

 

ちなみに私は今年のはじめ、母親に「今年は八方詰まりだよ」って不吉な宣告されていたんですけど、厄除のお守り持っててめっちゃ黒くなったりするくらい厄が凄まじかった。

私は、本当に、何も、まじで。うん。

 

あーーーーーーーーーーーーーーーーーくそくそくそ!

会社のこと思い出してクッソって思いました健康になったらみとけよコンニャロ

 

私の人生はこれから超バラ色モード突入するんだよ!

悪いことがあったぶん、めっちゃくちゃいいことあるんだよ

あーーー楽しみ!

 

 

しんどみの森

タイトル通りです。

 

しんどみのもり。

 

人と会話もしたくなくて、外出もしたくない。

正確には今日スーパーに行ったら途中で涙が止まらなくなって急遽帰る、みたいな。

 

休んでいると突然前触れもなく「体調が優れない」状態になることがわかりました。

ネットで調べると、治る段階でよく起こることらしい。

治るためのステップというか、治っている証拠のようなものらしい。

 

今日みたいな、どうしようもなく気分が落ち込んで悲しくてどうしようもない日は

「これは脳のバグ」

「治るためのステップ」

とあまり考えない様に、してはいるけれど、うーん

 

これは私の自己管理がよくないんだけど、

体重がどんどん増えているから運動したいのにジムを単純にサボってしまう日もあれば今日の様に外出も人と顔を合わせることさえ何もかも嫌で怖くなる日もある。

 

家族に全ての理解してもらうのは難しくて、

友達と会うことで健康な自分を取り戻している様に感じられるから積極的に会いたいけどそれが正解なのかもわからない。

 

ただ私は早く治りたい。

治りたいし、なおすためのこと、取り入れているつもりなんだけどもっと身体動かした方がいいのかな。

洗濯物が〜とかいらんことばかり考えてしまう。

昼間にやったら恥ずかしいなとか夜は一人で歩きたくないなとか

なんかいつまでも堂々巡りなこと考えてしまう〜〜

 

今日みたいな日はもちろん、今そういうことを考えるべきではないのかもしれない。

でもそうしたら、いつになったら私は健康になるの?

痩せたいよ〜ダイエットしたいよ〜

わかってるよ〜するよ〜

せっかくの47前なのにしんどすぎるよ〜〜〜今史上最強の体重だよ首と顔一緒だよどうしてくれんだよ〜

 

そして悩むたびに思う。

 

どうして一生懸命働いただけなのに、こんなに辛い思いしないと行けないんだろう。

どうして真面目に働いたら身体が壊れたり、心が壊れたりするんだろう。

人に優しく生きたりすることが悪いことなのかい

どうなんだい

あーーーーーーーーーーーーーー

 

お金も病院で消えていくし何が楽しいんだっけって思ってしまう

そんな時この前食べたドーナツとかしゃぶしゃぶとか美味しいもの思い出したり、

まだ観てない映画とか楽しみなライブのこと思い出したりする。

 

生きる理由があるからこそ生きるのが辛いし、

輝こうとするからこそしんどいことも多い。

私は私の物差しで生きていくことだけは忘れない状態の病状でまだマシだったのかな

 

明日は元気になっている事を願って

 

うつ病で休職している話2

前回

tanukorodesu.hatenablog.com

の続きです。

 

〜前回の要旨〜

幼少の頃から病みがちだったたぬき少女。

培ってきた病みへの対処もうまくいかず、近頃の湧き上がるイライラがピークに。

周囲の勧めで精神科を受診することにしたのであった…

 

というわけで前回挙げた以下3点の

  1. 私が病院に行くまで
  2. 病院のこと
  3. 休職して1ヶ月経つまで  

 今回は2を中心に述べます!

 

2.病院のこと

 

まず、これだけ言いたい。

(担当医の)声がちっっっっっっっっっっっっっっっっっちぇえええええええええええ

 

マジで何言ってるかいまだにわからない。わからないけど行ってる。

私があまり耳の聞こえがよくないのもあるけど多分針落ちたらあの声聞こえない。

 

ただ今の病院に満足しているところも多くあるので、段階踏んで書いていきます。

 

まず前回も書いたかとは思いますが姉が病院自体は探してくれました。

 

休職数日前のパン屋さんで「実は今朝も母と言い合いになって・・・」とメソメソしていたらスマホでパーッと病院を見繕ってくれました。

 

正直病気を自覚する前って判断能力がないので、ある程度絞ってくれることだけでもめちゃくちゃ助かるな〜って思いました。

 

それに、絞られた中でも合わなければカウンセリングの先生から「紹介するよ〜」と言われていたので、何となくまだ安心感がありました。

(本当にこのくらいの余裕がある段階で受診してよかった)(悪化してたらと思うと本当に震える)

 

なお、この時「自分は!病気!」という自覚が100%あったわけではありません。

これもカウンセラーに言われたのですが、

「日常生活に支障があるなら行った方がいい」とのこと。

 

カウンセラー的には「たぬきさんはまだ病気、ってわけでもなさそうだけども」と言われておりましたが、病気か判断してもらうために病院に行ってもいいんだよ!という言葉に結構救われました。ありがとうカウンセラー!

(ちなみに会社に休みもらう時同じこといいました)(病気か判断するために病院に行くので!と)(そんなこと言わなくてもいいのにね)(アピール大会)

 

さて、いざ予約。

電話をかけること自体はまだ大丈夫だったので、自分で電話しました。

 

確か、3件電話をかけた気がします。

 

1・親戚がかかっている親戚の家に近い精神科

 →受付に繋がった瞬間

 「紹介状あります?」「忙しいんで、紹介状ないと無理です」→ガチャ切り

 

はい、行かなくて正解!!!!!!!!!!!!

次!

 

2・地元駅から2〜3駅先の駅近病院

ホームぺージも綺麗そうで正直第一希望でしたが、電話かける日が何と休診日。残念。

次!

 

3・現病院

ホームページには優しい言葉が多く、正直胡散臭いと思いながら

綺麗そうだし2とほぼ同条件、何なら駅直結だしどんなにしんどくても雨降ってても病院行く気力は湧き上がりそうだし最悪テンション下がってても大好きなファミレスがあるから最高!って思いました。(息継ぎなし)(どんな理由)

 

電話をかけた受付の方も

「はい、かしこまりました、15分前にはお越しください」

って(何だか声が小さいなと思いつつ)優しく言ってくれてるし正直聞き取りづらいけど全然オッケー!って私の中のフワちゃんがスポブラ姿で笑ってました。安心。

 

やっぱり電話しただけで何となく空気感が合う・合わないがあるし、そういうものだとあらかじめアドバイスしてくれる人が近くにいてよかったなぁと今も思います!

 

なお、電話するときに毎回、初診です、と伝えたら「ご本人ですか?」って聞かれたので本人以外が電話することの方が多いのかもしれません。

 

実際、私も前に別件ですがカウンセリングを初めて受けた際は会社の先輩(元休職経験者)が勝手に予約をとってくれていました。

そう、確かこんな感じで…(ホンワホンワホンワホンワホワワワワ〜ン)

先輩「(号泣する私を受け)たぬきさん!ちゃんとカウンセリング受けな?!」

『はい、いきます…(ズビズビ)』

〜つっといて不安で面倒で予約しない私〜

=数日後=

「たぬきさん、予約してないでしょ」

『(ばれた)あははは』

「○月○日入れとたから!ちゃんと行くんだよ!たぬきさん予約してないと思ったから!」

『(圧倒的感謝!)(そして全部見透かされている!)』

 

強情な奴にはある程度の強引さは必要。でないと私の場合、永遠に病院に行けなかったし、カウンセリングにも行けなかったと思います。

う〜〜〜〜〜〜ん本当にまわりのみなさん優しすぎ!あざす。

 

話は大きく逸れましたが、日頃の病院経験値を元に「15分前にがっつりアンケート書かせる気だろ…」と予想できたので、当日は(迷惑かもしれないけど)30分前に病院に行きました!

着いてからの印象は

・病院は少しイメージより暗め。

・受付のお姉さんは優しくて、それだけで結構安心。

洗脳されそうなヒーリング音楽っぽいのがずーっと流れてる

 

ぼーっとしていたから早めに行って大正解だったし、

アンケートには書きたいこと全て書けた!あと、

 

精神科って混んでる〜〜〜〜〜〜〜!

それだけで心に超安心熟睡ガードが張られる感覚。

自分だけじゃない!おじさんやらおばさんやら若い人も男女、、おじいさんやおばあさんみたいな人もいる。

どの年代も、みなさん心に色々と抱えて生きているってことを改めて実感。

 

ただ、私の症状に動悸が結構出ていたので、知らない静かな場所で動悸が強まる感覚もありました。

不安で、どきどきして、ちょっと落ち着かない。

 

いざ呼ばれて先生に会うと「こんにちは」とこれはこれは小さい優しい声でお話をしたわけですが、話す中でどんどん止まらなくなる涙。涙。いいよと言われていないのに勝手に目の前のティッシュ使ってズビズビ。

これまでの自分も含めて話して、結論は

「たぬきさんは躁鬱かもしれませんが、うつ病で診断書出しますね」

 

その言葉にうつ病と言われてやっぱりショックで(治るかな、とか)

ネットであれだけ「うつ病は治る!」って言われているのに実際言われると治らないんじゃないか、一生使い物にならない人間になるのではないか、ってズビズビ。

 

先生はまぁそのまま話を続けて、「休職はいつからにしますか?」聞いてくれるんだけど判断力ゼロの私は「どうしたらいいかわかりません」と答えるしかできなかった。

 

でもその時ずーーーっと声小さかった先生が

「たぬきさん、覚悟決めて休んだ方がいいよ」

 

って!そこだけ!はっきり!!!!言うもんだから!!!!!!!

「じゃあ今日からでお願いシャス!」しか言えなかったよね。

先生!「…できんじゃん」って私の中の風磨くんが言ってます!ぎゅっと〜〜〜〜〜!

 

しかも先生そのあと泣いてる私に「まぁ、うつ病はちゃんと治る病気ですから」って言ってくれまして。安心した〜〜〜言われなかったら多分寝られなかった。

 

そのあと薬を飲む際の注意で鎮痛剤は控えること、昼夜逆転しないように気をつけること等アドバイスを受けました。

あとは箇条書き。

・家族に甲状腺の病気持ってる人いる? 

 →バセドウ病等で躁鬱と同じ症状が出るらしいです。

・お酒飲む?

 →薬にアルコール摂取注意って表記がある。確かに色々影響ありそう〜

・家に誰かしらはいる環境?

 →なんとなく色々言いたいことはわかる。

 

あと、意外だったのが遊園地とかはなるべく避けてね〜ということ。

 

気分転換になるしストレス発散でしかないと思っていたのでめちゃくちゃびっくり。

人混みだったり賑やかなところはそれだけでストレスがかかるらしい。

 

ちなみに気分転換には温泉旅行がいいらしいです。

え〜〜〜〜星野リゾート行きた〜い

 

まぁそのあと薬を処方してもらって、薬局のお姉さんが優しくて、

 

そのあとすぐ会社に電話をし、上司に

うつ病の診断を受けたので、今日から休職します」

の一言でそのあと人事と話して必要な手続きとって〜〜とトントン拍子で(?)必要なことは完了しました。

 

人事も(この1年で数人目の休職というのもあってか)スムーズだし、入社時から大変お世話になっているので優しく色々と対応していただきました。ありがて〜

 

今回も長くなりましたが、病院編はこんな感じでした。

行く前に話を少しでも紙に書いて整理したり、

うつ病チェックリストhttps://utsu.ne.jp/self_check/

を活用してみたりすると、プロの先生が色々と接してくれるのでいいと思います!

 

ね!!!!!!!!!!!

 

病院行って思うのはまぁなんでもそうなんですけど「早く行けばよかった〜」

とか、「緊張した〜〜〜」って感じですね!

なにはともあれ病気だと判断してもらったことも、

治療を受けて良くなっていることも含めて、よかった。

 

3に続く!

うつ病で休職している話1

私、休んでま〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜す!

 

11月の初めからうつ病の診断が出て、休職しています。

早期なのでぼちぼち復職の予定ですが、まぁその辺は今回書きたいことではありません。

 

なんだかニュースを見ていて、(パワハラやらブラックを強いる環境がもちろん良くないんだけど)私は休む選択をして間違ってなかったぞ!って自信になったので記事を書くことにしました。

(後の理由は勉強に飽きたから)(でもパソコンパチパチしたい気持ち)(休んでる間なぜかタイピングめちゃくちゃ速くなった)(どうでもいい)

 

今回書く内容はざっくり3点

  1. 私が病院に行くまで
  2. 病院のこと
  3. 休職して1ヶ月経つまで

あっさり。てきとう。

でも、そんな位適当であっさりした人間でもうつ病になる時はなる。

 

大前提として話しておきたいのは、

うつ病は脳のバグだと思ってください。

心の弱さでも、なんでもありません。

 

もしかしたら、ちょっと気にしやすい性格かもしれません。

もしかしたら、気遣いの人なのかもしれません。

 

ただ、うつ病は心ではなく脳の病気。(精神疾患だけどそんなもんどうでもいい)

心の弱さだと悩まないで、少しでもチェックリストで疑いがあったり、なんだかしんどい、つらい、涙が出る。そんな時はまず2日休んで、病院行ってみよう!

 

長くなったので早速述べていきます。

 

  1. 私が病院に行くまで

話を始めれば私は幼少期からいわゆる「病む」ことが多くて、

「でもO型は月一で病むって説明書に書いてあったし〜」とか、

友達に助けられたり、大好きなアイドルや音楽に支えられたり、

なんとかかんとか社会人まで育ってきました。

 

ちなみに病むレベルはリスカとか薬服用はしなかったけど、

消えたいとか死にたいとかは思ってました。

自分に価値なんかないって思って、コンプレックスに死にそうになって、

何でもかんでも自分が悪いって抱え込んでました。

価値のない自分よりなんでもっとアフリカの恵まれないことで勉強に励むことができない人に命を捧げることができないんだ〜〜〜って中学生の頃とか悩んでた。

うーん、ワールドワイド。

 

それが美しい生き方だと思っていたし、それが優しさだと思ってたし、

そういう自分でないと生きてはいけないと思っていた。

(世界狭いな)

 

まぁ「自分が悪い」思考は中学の時に「お前が悪い」的な責められ方を友達にされたことが根底にあるのかな〜なんて思ってます。

 

高校以降は友達にめちゃくちゃ恵まれて人生最高なんですけどね!

 

まぁ元々病みやすいけどその分立ち上がり方も知ってたし、自分はこういう性格なんだ〜だからうつ病にはならない〜なんて思ってました。ストレスは受けやすいけど発散してるし!って思ってました。

 

でも!今年からなんだか様子がおかしくなってきました。

これまで培ってきた立ち上がり方を何度応用しても、全く変わらない!

むしろ悪化!どうしよう!パニーーーーーーック!!!!!!!

これまでも外回りの仕事が合わず異動させてもらったり、激務で咳が止まらなくなって肋骨にヒビ入ったときに休みもらったり。

決して(体にガタが来た時に)無理して仕事をさせる、どブラックな職場ではない。わかんない。ホワイトの人から見たらブラックだし、ブラックの人からしたらホワイトな職場だと思います。

 

でも働くと出てくる、会社への不信感・・・。

休職レベルの精神疾患を抱えつつ働く後輩を指導しつつ、激務、新しいこともやりたい、、、

決して怒鳴られるようなパワハラはなかったけど、

助けて欲しいと言っても、環境が変わらなくて、

どんどん、心に余裕がなくなっていく感覚がじわじわ。

 

大好きなバラエティ番組を見ても、笑えない

飲み会は、楽しくない

友達とは会えばまだ楽しい感情が蘇るから大丈夫かなぁなんて思っていたけれど、

会社に行けばイライラして、家族にもあたって、出したことない大声で怒鳴ることもしばしば。

 

その頃何度か「休職しなよ」「病院行ってみたら?」と家族や友人の勧めがありましたが、うーん多少元気な時ってまだその声が届かないんだよね、辛い。

 

ただ、過去の自分に教えてあげたい!

家族&他人から勧められるって大概だよ!

はよ病院いけ!!!!!!!

(ちなみにカウンセリングは行ってました)(カウンセラーの人もこれまたいい人なんだな)(人に恵まれてる。ありがたい!)

 

そんな自分が嫌で、転職しようと思って、焦って、ぼーっとして、早退することが多くなって、朝会社に行こうにも化粧してるだけで涙が止まらなくなる。

 

「あ、これだめだ」

 

とりあえず病院の予約とって、会社休みました。

 

病院は姉が探してくれて、地元から少し離れた定期券内の精神科に行くことに。

 

ちなみにカウンセラーにあらかじめ病院行く予定ですって伝えたら

「受付の人の対応で行くかどうか決めるといいよ」とのアドバイスがありました。

これ、結構その通りだなぁと思いまして。

というのも家族の勧めがあった医院も電話したら受付の男性の応対がまぁ最終的にガチャ切りするような相手で、マジで電話してみなければわからないことが多いです。

 

それにしても37度の熱(もはや熱なのか)で休むことを伝えた時のリーダーとかMG怖かったなぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!

(この時点で早退とか休み繰り返してた)(そりゃムカつきますよね)(でも奴らは一言もなく休むからな)(はい許さない)

 

とりあえず書くの疲れたので休憩。

 

あ、病院に行くまで「治るんか?!!!ほんまに治るんけ???!」

って思ってたけど結論言うと薬ってすごい。

風邪を治すよりも長引いた咳を治す感覚に近いような気がします。

 

とりあえず、周りに病院行った方が良さそうな以前より人との関わり避けてる人とか家族とかちょっと笑わなくなった人とかいたら、脳のバグで心が荒んでいるのかも!脳のバグのサインを読み取って、ぜひ病院に連れて行ってあげてください。

サイ!!!!!!!!!!!!

 

 2に続く!