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低燃費オタクの脳内です

おなかis black【腹黒弁天町を観て】

腹黒弁天町観劇して参りました!


わたくし辰巳くんのお芝居が好きで福ちゃんのお芝居も好きで(まあふぉ〜ゆ〜のお芝居大好きなんですけど)特にストレートプレイに近い方が好きなので今回の腹黒弁天町、はじめてのラッパ屋さんの作品観劇ということもあり非常に、非常に楽しみにして無事観劇したわけですが…


まさに、演劇のパワースポット!

恥ずかしながらそうそうたる皆さんのことをよく存じてはいないのですが、お芝居楽しくて仕方ない!というあの空気感がビシバシ伝わってきて近くの知らんおじさんもウワァ!とか楽しんで感激してて…なによりも紀伊國屋ホールという芝居小屋で人が集まって芝居を観るという行為がたまらなく楽しくて演劇サイコ〜〜!の気持ちいっぱいにその後中華料理とパフェ食べて胸もお腹もいっぱいです。幸。


前置きはいつもながら長くなりましたが個人的な感想をぽつぽつこぼしていきたいと思います〜ネタバレ含みますのでご了承ください。







・財前とやら、そして、山岡とやら

この作品のキャスティングがほぼみんなキャスティング時の第一希望でトントンと決まったとLINEライブが何かで伺った記憶。

福ちゃんと辰巳くんがそれぞれの役に据え置かれたことがあまりにも納得、すばらしい、こういう役を見てみたかったという心が具現化された。

というか、思われていることをきちんと表現できる2人がめちゃくちゃすごい。


まず財前。福ちゃん。

絶対芸者と恋に落ちるじゃん、心滅ぼしてそうだなあ!と前振りが前振りを呼ぶ堅物っぷりからはじまり、心中の傷跡残る腕に偶然にも傷を癒すように布を巻かれほぼ恋に落ちてるも同然、スポットライトが物語る「小雪との二人きりの世界」に秒で浸ってしまうシーンで観客もすぐに「アーア!」と先行きを案じてしまう。

想像通り名刺を毎晩抱きしめて寝てるだとか想像以上の激重男で最後の最後まで実は愛だけを目掛けて駆け抜けるゾウリムシだった財前。


そんな財前を15時間?+αの時間を過ごすうち、自分にはないものを持ち対極の存在だと思いつつも「もう一人の自分」として羨みつつも現実を生きていく山岡。女は全然!なんて言いながらちゃっかり近場の高嶺の花を口説いたり財前が目の前から消えた際には周囲には手のひらをすぐに返したと思われるような切り替えの早さ。

私は日ごろ引きずりがちの仕事ダメダメ人間なので思うことなのですが、切り替えの早い人は仕事ができる!

山岡も最終的には不動産やらで成功を収め大往生、という人生を歩んでいくわけですが愛に生きる財前を全力で応援する姿がつい福ちゃんすごい!と普段から目をキラキラさせる辰巳くんと被る部分があり「この2人でキャスティングした人が!神!!!!!」と思いながら観劇しました。本当にありがとうございます。いいもの観ました。


辰巳くんと福ちゃん、という点で見るとやはりテンポがもう絶妙でお稽古の頃からさぞかし楽しんで取り組んでいたのだろうと思えるほど絶妙で安定していて長台詞も早口で捲し立てていくところも観ていてずーーーっと気持ちがよかったです。福ちゃんが何度も「おもしれーーー」って脚本を読んでいた理由もよくわかるし、その面白さを的確な技術と空気で作り上げるカンパニーの皆さんの底力。

コロナに打ち勝つものはきっとワクチンや対策だけではなく、日々の積み重ねなのかなと思いました。何はともあれ福ちゃん健康に戻ってきてくれてありがとう。観葉植物も煮込みうどんもみんなみんなありがとう。


・腹の中、みーんな真っ黒

社会に出ると確かにみーんな腹は真っ黒。出ちゃってる黒さ、しまい込もうとしても出てしまう黒さ、隠さぬ黒さ、出せたならどんなに楽かと思う黒さ。

お金や権力、空気を読んで自分のかわいさのためだとか相手のためだとかで腹が黒くなっていく。


序盤、みかんを食べておいしいという描写がある。そのみかんが次第に美味しくなくなっていくであろう、という描写や机の中がいつしかぎっちりと埋まっていく描写。何もなければ何もないけれど、思うことが少しずつ溜まっていつしかその中身は黒いものになっているのかも。

確かに溜め込まぬものは黒くはならず、溜め込まれるから腹が黒くなるな〜なんて思いました。ただそんな黒さもあるから自立していくような、踏ん張っていけるような、腹に力が篭っていくような。大人になる、青春から大人への日々があの作品に詰め込まれているのだと私は受け取りました。

もちろんその描写の中で適当でめちゃくちゃでお色気やら何やらもあるわけですが程よく肩の力を抜いていけること(これが今の私には足りない訳ですが)を織り込むことでよりリアルな大人への過程を描いていると感じました。


それにしてもこの作品、随分前のものなのに純菜さん演じる先生の苦悩が現代と何ら変わりない。そしてお酌なんかできなくても全く問題ないのに怒るおじさんと、ちっちゃいことで怒んなよ!とうまくフォローする小雪(伊勢佳世姉さん)超かっこよかったです。

あの場面で小雪にリスペクト生まれてファンになる、そして素直に気持ちを伝えられる強さと真っ直ぐさを持つ先生の凛とした美しさがとてもよかったです純菜〜〜〜!強か、と言われることもあるかもしれないけれど腹に何も持たないキャラクターは終始先生だったかな〜と思いました!水色のカーディガンが絶妙に清純派を演出しようとしてて本当に衣装選びから秀逸でした。ハ〜〜〜〜(感嘆)

人力車のおっちゃんがラストで寝返るところもとても興奮したのですが約束を守ったり信頼できると思った人も腹に何かがある、その腹の黒さを今出す〜?!命取られちまうよ〜!のタイミングで出しちゃって(まあ結局命に関わるわけですが)弁天町、どこもかしこもお腹は真っ黒。

でもそれは弁天町に限らずあくまで街の一つを描いただけでどこにでもある当たり前の世界。

いや〜脚本おもしろいな〜〜〜〜〜!


・弁天町行進曲

最初から演劇のオファーが山岡から来た、と言われラストには蒲田行進曲のように死んだ役の2人も登場し芝居は幕を下ろすわけですが。

あの芝居を依頼した山岡はきっと誰にも知られていなかっただけで、財前の生き方に深く感銘を受け、決して忘れず、財前の分も生きるかのごとく人生をうまいこと歩んでいった、ように見せていたのだろうと思いました。

あの芝居を創り上げた人はきっと財前のことを話す山岡の表情を見てきちんと描こうと考えたのかな、と。財前を任された役者も、山岡本人を任された役者もきっとその気持ちを深く汲み演じることを楽しみ、町の有力者である山岡に喜んでもらおうと(それもきっと腹の黒さもきっと抱えながら)演じたのだろうと。

山岡はきっとそんな腹の黒さなんぞもちろん承知の上で自分へのおべんちゃらもあると思いつつもけれどあの青春の日々を演劇として残すというアイデアが実に面白く、財前forever loveを感じました。財前のこと、本当に本当に大好きだったんだね…短かったけれど忘れららない人に出会えた山岡、そしてその気持ちを胸に108歳まで少なくとも生きていく中で腹に溜まりに溜まって真っ黒になった財前への想いをさぞかし笑い飛ばしたのだろうと思ったら巡り巡って泣きそうになりかけてやっぱり笑えてしまう作品に仕上げる力量がきっとこの「ラッパ屋」という方々の力なんだろうな〜と思いました。


お芝居楽しい〜!とか演劇好きだな〜とか団体戦とか好きな人はきっと絶対好き。本当にいいもの観ました。

大変なことが計り知れないほどあったとは思いますが公演が行われ、無事に観劇できたこと、その日々の努力に感謝の気持ちを腹に止めることなく、声を大にして伝えたいです。

素敵な作品をありがとうございました!

めちゃくちゃ楽しかったです!